儀の気配が目を閉じてもつきまとう。

 

 

散歩がてらにコンビニに行った帰り道、川原に佇む山崎を見つけて沖田は声をかけてみた。
そう見たことのない真面目な表情は他人のようで少し怖くて、別の人ではないことを確認するために。

「山崎、それどうしたんでィ」

それ、と沖田は山崎の手元を指差した。彼はふっと視線を落とし、

「………がーん…」
「…それを口で言うお前もどうかと思うぜ」
「あーあ、二代目…」
「…」

丁度通りかかったところなので一体何が起きたのかは沖田は知らない。しかし肩を落として佇む山崎の手に、折れたラケット。それで十分だ。

山崎は最近川原で素振りをしていることがある。
屯所でやると土方が大抵邪魔をするのだが、外でやっているなんてばれたら今まで以上に怒られかねないことを彼は気付いているのだろうか。
今日は私服だが、せめて隊服のままでやるのは沖田としても流石に勘弁して欲しいところだが。

「あー、ごめんなさい二代目、俺が至らないばっかりに」
「電波出すな」
「だって隊長!二代目が!」
「二代目二代目ってなんでィ」
「二代目松吉さん!」
「電波!」

折れたラケットを抱えて山崎は誇らしげに目を輝かせる。
沖田は呆れて、土方に頼まれていた缶コーヒーだったが山崎にそれを投げてやる。やはり大人しく買って行ってやるなんて自分の柄ではないことだしと気にしない。山崎が受け取ったのを確認する。

「あー、でもがっくりだなー。土に還るものならちゃんと埋めて弔うのに」
「どこまで電波流す気でィ」
「物は大事にしないといけませんよ。…それに、二代目はまさか手に入るとは思わなかったからなぁ」
「…」
「勝手に二代目にしちゃってますけどね、実は一代目って誰かに取られちゃったんですよ。…まぁ、拾い物だったんですけど」
「昔から可哀想な奴だからなぁお前は」
「普通本人には言わないですよそう言うの。せめて遠まわしに」
「お前に無駄な時間は割けねぇな」
「…はいはい」

ご苦労様でしたとラケットを撫でる山崎の横顔を凝視する。
少しこっちを見て不思議そうな顔をしたが、特に気にせずもう帰りますか、と聞いてきた。

「山崎、」
「はい」
「俺は土へ還れるもんかィ」
「…人は皆、土へ還りますよ」
「俺が今まで斬った奴らも土に還ってんのか」
「そうです。彼らが食物を育て、それを食べて俺たちは生きます」
「俺が土へ還るときには何も残らないのかィ」
「……刀が残ります」

ラケットを持つ手を降ろし、山崎はゆっくり歩き出した。会話の続きを避ける様子はなかったのでゆっくり後ろをついて歩く。

「刀は残ります。気持ちは、誰か俺のことを覚えてくれてる人が死ぬまでは残ります。でも体も、俺という男も土に還って誰でもなくなります」
「刀は残るのかィ」
「…残ります」

あれは土に嫌われてるんです。
ラケットの鉄を撫でて。

「山崎」
「はい」
「ラケットの血は誰のでィ」
「……誰でしょうねぇ」

何でも武器にする癖が抜けなくていけねぇ。からから笑って山崎は先を歩く。

「山崎」
「はい」
「死ぬときはめんどくせェから土のところで死んでろよ」
「…」
「アスファルトの上で死なれちゃ土にゃ還らねーぜ」
「…そうします」
「…」

何故か笑って。
追いかけて、ラケットを持たない方の腕を掴んで引き止める。

「何処行く気だ」
「え?」
「……違うだろ」
「何がですか」
「俺に頼めよ、死体は埋めてくれって」
「…そんなお願いしたら勿体なくて罰当たりますよ」
「…じゃあ、俺が、埋めてやらァ」
「……」
「だからお前は俺の目の前で死ねよ」

風が。一瞬吹いた強い風が髪を煽って視界を塞ぐ。
山崎の服を掴んで強引に唇を合わせる。挟まった髪を抜いてまた触れて。

「…これ俺のミントン以上に問題ですよ、しかも隊長制服で」
「…色気のねぇ」
「…二代目、どうしようかなぁ」
「燃えないゴミの日は丁度明日だぜィ」
「…」

帰らないと。
沖田は山崎の手を引いて歩き出した。急に子どもになってしまったような、手の先の人。自分の方がひとつかふたつ年下なのだが。

「…あなたが慰めとか出来ない不器用な人でよかったなぁ」
「あんまり失礼なこと抜かすと叩っ斬るぜィ」
「お陰で引きずらなくてすむから」
「…お前は変な奴だ」
「どっちが失礼ですか」
「平気で人を殺すかと思えばミントン如きで泣きやがって」
「…そういうのも黙ってて下さいよ、ついでに言えば殺してません」
「ホレさっさと歩けィ、また土方さんにどやされるぜィ」
「ハァイ」

かつんと折れたラケット同士が触れ合う音が物悲しい。
自分で急かしながら歩いた。

 

 

 


 

041004