いの中私は私になりながら。

 

 

───そうよ。あんな男こっちから願い下げだわ。
大体大していい男でもない癖に調子乗ってんじゃないわよチビ!

「あっ、お妙さーん!」
「…」

あぁもうまたお前かよ自分で言っちゃうけど私ってそんなに悪い女じゃないわ器量もいいし女らしくて家庭的じゃない。なのによってくるのはあんなゴリラ。今日は隊服姿でまだましに見えるような気がするけど気のせい気のせい。さぁ今日はどう料理してくれようやっぱり何か獲物を持ち歩くべきかしらピコハンぐらいなら廃刀令も怖くない。今日はまずは右ストレートよろけたところにひと蹴り入れて

「お妙さん?」
「…」

考えてるうちに近付かれてしまったまだ策は練れてないのに。へらりと笑うこの男はよくよく考えれば役人でどうも偉い人のようだから私の蹴りやそこらを食らってもダメージなんかそうないのかもしれない本気で沈めたこともあるけど。

「えっ、うわっどうしたんですかっ!?」
「…」

…ちょっと待って女の武器って何なの私それはそれで新しくてアリかもしれないけどこの男の前でなんか泣きたくないのに!

「うっ…」
「あ、あれ?お妙さん?腹でも痛いんですか?はっ、誰かにいじめられて!?そんなやつ俺が」
「好きな男に振られたの」
「…」
「…何よ」
「いや…」
「私にだって好きな人ぐらいいるのよ」
「…」
「…好きだったの」

…もうあんたもあの男も消えてしまえばいいのに。

 

*

 

昔から戦ってきた。父親の道場で門下生に混ざって竹刀を振った。昔は自分が一番強かったしこれからも強くなるものだと思っていた。

「…あの男、デコ危ない癖に髪なんか染めてたのよ。さっさとハゲちゃえばいいんだわ」
「…俺も耳が痛いのですが」
「しかもうっすらおっさん臭がし始めてんのよ」
「…いや…それはしょうがないよお妙さん」
「目付き悪いし歯並び悪いし足臭いしだらしないし」
「…」
「…二股かけといてカッコつけてんじゃねーよハゲ…」
「そんな男別れて正解です!お妙さんを泣かせるような男俺がうちのめして」
「やめて!」
「でも」
「好きなのよ!くだらない男だって分かってるけど好きなの!」
「…」

…どうしてこの男と一升瓶とつまみをお供に夜の河原で愚痴なんて言ってるんだろう。こんな話あんたにとっては辛い話だなんて知ってるのよ今更離してやる気はないけれど。

「…それにしてもお妙さんを泣かせるなんてなんて男だ。こんな素敵な女性」
「…お世辞なんかいいわよ、私だって分かってるわ。可愛くないし乱暴だし料理も出来ないし」
「それがお妙さんの魅力にもなりますよ」
「…適当なこと言って」
「お妙さんは清潔で綺麗な女性です」
「あぁそう」
「あなたが強いのは強くなりたかったから」
「…過去までストーカーしてきたの?」
「料理だって練習すればうまくなる」
「…」

変な男。そんなの全部方便だわ。だから嫌いなのよ好きになってしまいそうだから。

「あ、寒くないですか」
「…なんかうつらないでしょうね」
「…ヒデェなお妙さん」
「…ありがと」
「…い、いえっそんな!お礼なんて」
「そこは狼狽えるところじゃないわ」

あまりに動揺するからおかしくなって、差し出された上着を受け取った。おっさん臭かするわ。ほんとに男縁のない。

「…どうして武士は好きになりませんか」
「え?」
「以前おっしゃってたでしょう」
「…死ぬからよ」
「悲しいからですか」
「残されるからよ」
「…」
「死なないからと出来もしない約束をするから」
「…」

…あぁ。分かったこの人は父に似てる。バカで真っ直ぐで不器用。───女は父親に似た人と結婚するって言ったのは誰だったかしら。あーやだやだ前言撤回。生涯こんな気持ちと戦ってやるわあんたなんか好きにならない。

 

 


041004