どもの様に無邪気に笑いたかった。

 

 

もう夜になる。夕方の気配に目を閉じた。
出来るだけ夜は動かず、目立たないようしてればいい。だけど夕日の明るい夕方は、誰かしらが自分を見つけてくるから。

「…あれ…君、ひとりかな」
「…」

ふっと顔を上げると顔に男の影がかかった。腰に刀、しかし見慣れない服装をしている。官吏だ。
怪我をしてるねと彼は優しく笑いかけてくるが、そんなのは聞こえていないふりをして他の気配を探った。
近くには他に生きている気配はない。刀以外に武器はないかと男を見るが、どうも何枚も着込んだ服ではそれも判断がつかなかった。

「おいで、治療しよう」
「…」

差し出された手を、少しためらって握る。
彼がほっと安堵の表情を見せた瞬間、彼の刀を引き抜いてすかさず男を蹴り飛ばした。悲しいかな体重差で彼はよろけた程度だったが、それでも刀を鞘から抜き切るには十分だ。
真っ直ぐ、重い刀を男に向ける。

「君…」

男の足が若干前へ出た。
しっかりと体に合わない刀を手に、前を見据える。

「だから近藤さんは甘いってんだ、そいつがもう何人も殺してるって調査済みだろィ」
「総悟」

男が振り返った先に誰かがいた。夕日を受けて、色素の薄い髪がきらきらと光る。
目を見張った隙に彼は踏み出して、あっという間に蹴り倒された。長い刀は飛んでいく。

「総悟!」
「ガキだろうがなんだろうが油断しねぇこった。俺みたいなのだっているんだぜィ、近藤さん」

そうごと呼ばれたのは自分とそう年の変わらない少年だった。男と同様に官吏らしい服装。
彼は自分の胸に足を置いて逃がさない。キチ、と向けられた刀は夕日を受けて反射する。

あぁ、これがあの爺さんの言ってたお迎えって奴か。
半ば夢心地で彼を見ていた。

「…近藤さんよ、こいつはやっぱしょっ引くのかィ」
「…報告すれば、そうなるな」
「じゃあ人違いってことにしやしょう、いい目だ」
「…勝手だなぁお前は」
「この件は迷宮入りだ」

少年はにやりと笑い、かちんと刀をしまう。
立てよ、と状況を読めない自分に手を差し出し、

「名前は?」
「…や…やまざき」
「下の名は?」
「…さがる」

初めて他人に名を名乗った。
それはまた、えらいネガティブな名前だと彼は笑う。無理矢理手を取って立ち上がらせた。
熱い手は妙に柔らかく、それはまだ人生を生きてないからだと知るのはもっと後だ。硬い大人の手しか知らなかった。

「俺は総悟ってんだ、いい名だろィ」
「……俺をどうするの」
「遊び相手にしてやりまさァ」

この人のために死にたいと思った。
それは夕日の魔力だったんだろうか、淡い髪はどこまでも現実味を持たせない。

刀を握る理由が変わった日だった。
握った手を離したくない。

 

狂ったのは今か?

 

 

 


040919