残るのは甘い記憶だけならいいのに。
「…何用ですか」
「しーっ、ちょっとだけかくまってくれィ、あんた万事屋だろ」
「はァ…」俺寝起きなんだけど。
今ひとつ状況の読めない銀時は、がしがしと頭をかきながら沖田を眺めた。
そろそろと窓に近寄り、そっと外の様子を伺っている。きっちりといつものように隊服に身を包んでいる彼は、紛れもなく真選組。
沖田の後ろからそっと外を見れば、その真選組副長殿がいらいらと辺りを見回しているのが見える。「…なんかしたの〜、君」
「さぁ、今日はどれが原因でしょうかねぇ。寝起きの鳩尾かなぁ」
「…朝からなかなか激しいんですね〜新撰組は」寝起き。
あぁそうか、彼も寝たり起きたり、を毎日繰り返しているのだ。物を食べ排泄し、誰かと話して誰かに触れ。
彼も人間なのだと、新たな事実を発見した気分で銀時は沖田を見る。「…ま、とにかく少しの間お邪魔しますぜ。あんたひとりかィ?」
「…あー、そうですね、今日はトイレットペーパー安いからあいつらふたりで買い物じゃねぇかな」
「へぇ」
「…もしもしところで、万事屋にタダでかくまってもらおうなんざ考えてないだろうな」
「…ケチなおっさんだ、金なんてそんなに持ってないぜィ」
「金はいーよ、目ェ瞑れ」
「?」
(あ、無防備)こいつアホじゃねーの、なんて思いながら、大人しく目を閉じた沖田をしばらく見た。
どうなるのか少しの間放っておくと、そのうちチラリと目を開けて銀時を見る。「…あ、分かった、やめとく」
「お、なんだ遠慮すんなって」
「い」い、
多分拒否の言葉を続けようとしたのだろうが、それを遮って強引に口を塞いだ。咄嗟に刀に手を伸ばそうとした沖田の手も捕まえて、そのまま窓の側の壁に押し付けた。
何か呻いたのも気にせずに唇に噛み付いて、その開いた隙間を少し舐めてやると噛み付かれかけて慌てて離れた。(…なんて顔するのかね)
寝起きで頭にかかった霧が晴れていく。変な顔。
…本気になりそうで、危ない。
余計なことを考えていた隙に顔面に思いっ切り拳を食らう。「ッ……だーッ!」
「何すんだ!」
「だからなんだ…ほら、等価交換」
「釣りが来らァ!」
「ぎゃーッちょっとその物騒なもんしまってッ、おわッ!!」
*
その後騒ぎに気付いて土方が沖田を見つけるまで沖田に追い掛け回された。
悲惨なことになった室内に泣きを見るのは新八ひとりなので特に気にはしないが、寝起きに体力を消費して銀時はぐったりとソファに沈み込んだ。
あーあ、と溜息を吐いて天井を仰ぐ。あの沖田を抑えるにはあの副長みたいに目つき悪くないといけないんだろうかなんて考えて、鼻で笑った。(……久しぶりにキスなんかした)
もう感触も何も残っていない。
あぁ、残ったのは新八の説教だけだ。
040919