えば想う程止まらなくて。

 

 

「あ、隊長お帰りなさい!探したんですよー」
「…山崎ィ」
「はい?」
「お前は何で笑ってんだィ」
「…はい?」

沖田は時々意味の分からないことを言い出す。
答えを考えている間に沖田を探していた理由を思い出し、慌てて局長がお呼びですと彼を局長室に引っ張っていった。

「山崎、」
「外で待ってますから」
「…うん」
(…また 何か言われたのかな)

駄菓子屋の近所に頑固な翁がいるらしい。
山崎はどうもタイミングが悪いらしく遭遇した事はないが、ぱっと見て即座に人にケチをつけてくるらしいのだ。
彼は以前沖田に男か女か問うた。口には出さなかったが、あのときの沖田の様子では相当怒っていたのだろう。
刀がねぇと散々騒ぎ、それは危機を感じた土方が隠していたのだが諦めてバズーカを持ち出しかけてどうにか近藤がそれを治めた。

(怒ってる感じじゃなかったけど)

彼は官吏を嫌うというから、そのことを何か言われたのだろうか。
まもなく近藤の部屋の襖は開き、沖田がひとり、入ったときと同じ様子で出てきた。

「あのな山崎」

いきなりだった。廊下を歩き始めた沖田の後ろについていく。
行き先は多分沖田の部屋の前だろう。この人は部屋の前の縁側が好きだ。だけど夜以外、殆ど部屋の中へはいない。

「なんですか」

近藤とは仕事の話だったんだろうが、それは急がなくてもいいんだろうか。
沖田はどうも真面目に仕事をしているようには見えないのだが、それでもいつの間にか自分の担当分は終えているのだ。

「あのジジィがよォ」

あぁ、やっぱり例の人の所為か。
山崎はだけど秘かに、沖田に悪く思いながら見たことのない翁に感謝をした。
悪趣味と自覚しようとも、こんな状態の沖田は好きだ。普段何を考えているか分からないから、怒っていたり悩んでいたりする姿は新鮮だ。
同時に感じるのは嫉妬心、山崎は彼を動揺させることはできないから。

「お前は泣きも笑いもしねぇのか、って言いやがったんでィ」

部屋の前で沖田は立ち止まった。山崎も足を止め、続きを待つ。

「笑うのはともかく、泣き方なんて忘れたってのに」
「…」
「山崎はいつも笑ってるけどよ、泣けって言われて泣けるか?」
「…出来ますよ」
「…」

沖田が振り返った。少し俯いていた山崎の頬にそっと手を伸ばす。
指先が触れる前に山崎は顔を上げた。つうと、涙の筋が頬を流れる。

「…」
「…ほら、変装したら演技とかもしますからね、これぐらい」
「…」

ぺた、と触れた手が確かに涙で濡れた。その手を引き寄せて涙を舐める。
自分の汗なのか涙なのか、しょっぱい味に沖田は少し迷った。山崎の顎に手を添えて、上を向かせて直接涙を舐め取る。

「…あ」
「山崎?」
「すいません、なんか、」

何故か涙が止まらなくなった。ぎゅっと目を閉じると涙は弾かれて頬を流れる。
ぱっと沖田が手を離したので、慌てて沖田の所為じゃないと言ったけれどやはり涙は溢れるばかりだ。戸惑う沖田は咄嗟に山崎の頭を抱く。

「ぶ」
「…鼻水つけたら怒るぜィ」
「…大丈夫です」

すんと鼻をすすって、どさくさ紛れに沖田を抱き返した。
これ誰か見てたらとんだことだ、呟いて、沖田は辺りを見回したが手の力は緩めない。

「俺は好きです」
「…」
「あなたはちゃんと笑って、ちゃんと涙を流してます」
「…山崎」

ぐしゅぐしゅと止まらない涙に閉口して、山崎は沖田から離れて手の甲で目を拭った。
どうにか収まったかのように見えた涙が出てこないよう、また一度強く目を瞑って。

「…山崎ィ」
「はい」
「…なんでもない、かも」
「隊長、」
「…なんでィ」
(あ、ダメだ)

また涙がこみ上げてきた。どうして泣きたいのかわからない。
何か目に異物でも入ったんだろうか。だって今は泣きたいわけでもないのに。

「名前呼んでて下さい」
「……山崎」
「はい」
「山崎」
「はい」

あぁ、これ、違うんじゃなぁいの。
目を瞑って沖田の声に耳を傾けた。

(俺が隊長を慰めるはずだったのに)

もうどうしていいか分からない。
この体はつたない想いを沖田に伝えたつもりなんだろうか。

「隊長」

もし好きだというだけでこみ上げてくる涙なら、この涙はもうしばらく止まることはないだろう。もうあなたがキスをくれても逆効果。

(どうしよう)
「山崎、」
「はい」
「…山崎」

 

(大好き)

 

 

 


だって原作の沖田笑ってくれないから。

040918