「好きよ、『先生』」

────もてるよね。でも俺はわかったよ、頭はくるくるパーだけどそれぐらい。先生と呼ぶ権利を失った者が、あんたの隣に立てるのだ。

(────好きだよ先生)

認めてしまった。約束を破って煙草をふかす。ぽっぽっ、屋上貯水タンクの影、風下だから先生は気づかない。

「…なんちゃって。懐かしいね」
「…ったく…いきなりなんなんだ」
「聞いてなかったの?文化祭で私演奏するの。今日はその話し合い」
「聞いてねー」

…あ、火をつけた、音。泣きそうだ。謹慎は解けたけど屋上でサボって煙草をのむ。だって俺は思ってしまったわけです、またあんたになら見つかってもいい。嫌って欲しい、否、高杉を見てるから、もう少し親しくなれるんじゃないかと。
そこに現れたライバルは好敵手となんて書かない、勝者と書く。風に流れる黒い髪が少しだけ見えた。困ったな、あれ近所のおネーさんだ、今度、結婚するという話。わーありえねー。オタク女子どもよ喜ぶがよい、俺は悲しいことに君らの妄想を実体化した薄っぺらな紙の束に夢を託し、一発抜いた、抜けた。死にてぇまじで。

「…今でも信じられないな、土方先生とこんな」
「先生って呼ぶな」
「学校だと何となく」

先生!声を大にして叫んだら、振り返ってくれますか。

(────しねぇけど)

 

*

 

「むっちゃ〜ん」
「…何の用だ」
「泣かされに来たの」

泣かして。保健室に乱入しときた馬鹿野郎を陸奥センセーは何も言わずに受け止める。俺の全てを知る美しい人。ベッドに潜り込む俺に、溜息だけ吐き捨てる。音のしない靴で俺の傍に歩いてきて、じっと俺を見たかと思うと次の瞬間にひっぱたかれた。目を白黒させている俺を見ても弁解はない。

「な…なにすんの」
「泣け」
「さでぃすと…」
「私の次に土方というのが気に食わん」
「…自分勝手ー。そんなにゆうならヤらしてよ」
「そんな情けない顔の奴にはゴメンだ」

誰のせいで情けない顔をしているのでしょう。でも俺は確かに殴られてもいいのかもしれない、陸奥が好きだったときよりもずっと土方が好きみたいだから。散々後悔させておいて俺が先に逃げ出したのに、それでもまだ受け止めてくれる人に俺は甘えているのだ。

「……土方センセ、結婚すんの?」
「耳が早いな」
「相手は?」
「3年前の卒業生だな。だから…彼女が大学出たら、正式に決めるらしい」
「…ほーへーふーん」
「……『俺とのことは遊びだったんですね!?』」
「むっちゃんそんな面白い人だっけぇ!?」
「はは、すまん」
「どーせッ。……何で知ってんの」
「企業秘密だ」
「あ〜〜〜…好きだ〜」
「あ」
「……へ?」

顔を上げると立っているのは土方────フリーズ。何事?

「ワリ…邪魔したか?」
「えっ…あっ、違ッ!」

悪い、と残して土方は保健室を出て行く。陸奥を見れば涼しい顔。言えよ!慌てて考えなしに後を追った。

「先生!」

────振り返る、彼は教師だから。予想外に近距離にいて、勢いがついたままぶつかった。近い・多分もうこんなに近くへ行けることはない。無意識に、やっぱり勢いに任せてキスをする、伸び上がって、がちんと鳴ったのは歯がぶつかった音。俺最悪。

「先生が好き」
「……陸奥は?」
「嘘」

ぶわっと全身に汗が噴き出してきた。俺はきっと病気なのだ。恋の病なんて死にたくなる病気じゃない、もっと、やばそうな奴。なんでだかぎゅっと土方のシャツを掴んでいたりして、何か間違ってる。

「────ごめん、」

わかってる、わかってるから、もう少し顔作ってよ。驚いたままのその顔、ちょっとヘコむ。

「…あ…いや、すんません……ば、罰ゲームでした!」
「山崎?」

苦し紛れの言い訳を吐き捨てて闇雲に走り出す。やっちった、何考えてんだ俺。誰か俺にトドメを。そんなことを考えていたら廊下の門で誰かにぶつかり、俺が競り勝ってその誰かを倒してしまう。

「きゃっ」
「あ、すんませ……」
「あれ、退くん」
「…ど…どうも…」

最後の壁も決壊して涙が零れた。近所のおネーさん・先生の彼女。すいません今脳内で裸にしました、先生付きで。ず る い

「どうしたの?」
「…ちょっと、胸が…」
「えっ、大丈夫?」

先生今だけ許して。勝者に縋って俺は泣く。心配して撫でてくれる手が、女の人のもので、こんなに優しい手なら俺が勝てるはずがない。お願いだから今その手でくびり殺して下さい、じゃなければあなたまで憎くなる。俺は昔あんたが好きだったんだ。子どもすぎて相手にしてもらえなかったけど。

「ね、大丈夫?保健室に…」
「…ううん…煙草のせい」

あの男の煙草のせいだ。きっと俺は一生銘柄を変えられない。

「そよ」

────なんで、来るの。なんでそっちを先に呼ぶの。ここは学校なのに。

混乱した頭で逃げる手段を考えたとき俺の取った行動はおネーさんにセクハラをすることで、逃げ出す前に見事な平手を頬にもらった。きっと俺の人生はここから何も変わることはないのだ、この情けない恋愛の仕方も何もかも。

 

 

山陸奥って…?

060513