最悪な恋をした。相手が悪すぎる恋。
でも思いは止まらなかった。自分が女であればと、思うほどに。

(死にてぇ…)

青空に向かって紫煙を吐き出す。ぷかりと宙に溶ける煙まで憎い。憎いけれども自分の全てをわかっている相棒だ。
…例えば自分が女なら、もう少し何か変わっただろうか。夢を見て、わずかの希望にかけて、思いを告げたりするのだろうか。

「あーっ」
「!」
「いけないんだ〜」
「やっ…」

慌てて煙草を隠してみても、残るものはしょうがない。ぐっと背中側で煙草をもみ消し、にこにこと土方を見下ろす男を見上げる。────隣のクラス担任の生物教師。よりにもよってこの男に。

「煙草なんかやってたらおっきくなれないよ」
「…これ以上でかくなったら母ちゃん泣くぜ」
「はは」

笑うまま彼は手を差し出す。舌打ちをして、ポケットから出した煙草とライターをその手に押し付けた。わずかに触れた体温に、心臓が跳ねて死にたくなる。女子中学生か、俺は。

「とりあえずこれは没収!二十歳になったら返してあげる」
「…いらねえよ」
「そう?折角推薦貰えそうなんだから学校でこんなことしちゃダメだよ」
「…」

俺がこんなにやさぐれているのは誰のせいだ。土方が何も言わないのに男は隣に腰を落とす。こんなの吸ってんの、と煙草を弄び、勝手に一本くわえて火をつけた。

「…あんた吸ってたっけ」
「二十歳でやめました〜」
「うっわ」
「だから、偉そ〜なこと言えないんだよね。学校には黙っとくからもうダメだよ。卒業まで禁煙!」
「しかも卒業までかよ」
「だって俺らが君らの面倒見れるのは卒業までだもん。うわぁ久しぶりにやるとクるなァ…」
「…山崎」
「何?小テストの問題なら教えないよ?」
「…ちっ」

山崎がくゆらす煙を見つめる。そのまま、俺も吐き捨ててくれたらいいのに。今、自分は何を言おうとしたのだろう。自分でもわからない。こっちを向いてほしかっただけだ。
屋上のフェンスは乗り越えられる程度に低く、ひどく開放的なのに、何故か息が詰まる閉塞感を感じる。こんな男が隣にいるせいかもしれない。触れ合いそうに、近くに。体温を感じる距離。
涼しげな横顔を盗み見る。自分のところの担任とは違った意味で飄々とした男で、やはり担任とは違いやるとこはちゃんとやる。そうは見えないけれど出来る男だ。さぞかしうまく生きているのだろう。自分のように、つまづいても転ぶことはなく。

「ぶえくしッ」

…噂をすれば、か。一瞬前の自分の思考に後悔しながら顔を上げれば、山崎ちゃんはっけ〜ん、と、気の抜けた顔をした男がひらひらと手を振っていた。もう見飽きた自分の担任は、中身を象徴するように綿飴のような頭をしている。

「あらぁ銀八センセ。どうも」
「どーも。…ウチの土方と何の相談?」
「人生相談〜」
「山崎ちゃん煙草やるんだね」
「たまぁに」

銀八の目が自分へ向いていて、山崎が煙草を手にした理由がわかった。生殺しだ。思わず目を覆う。あんたの優しさならもう嫌と言うほど知ってる。
俺も一本、銀八が指を立て、山崎が差し出す。つけてつけて、とせがむので、山崎が苦笑しながらライターを向けた。

「…センセー、屋上は喫煙禁止です」
「見逃してよ〜土方。うんって言わなきゃ赤点だゾ☆」
「うわぁ最低。俺何がってお前が担任だという事実が人生最大の汚点」

土方の暴言に山崎が吹き出した。煙が飛び出して土方の腕に絡む。ちょっと笑い事じゃないよ、まじで留年さすぞテメェ。銀八の不穏な発言のどこがお気に召したのか、山崎はしばらく体を震わせて笑い続けた。

「はぁ、赤点といやぁもーすぐテストですね」
「あー。俺範囲終わってないんだよね〜。また読むだけ作戦でいこうかな〜」
「シネ」
「いやん土方くん怖〜いv山崎先生v土方くんがいじめるぅv」
「キショッ!シネ!」
「あはは、仲いいよね〜Z組は」
「ざけんな!こんな奴と仲良くてたまるか!」
「何よう〜、じゃあ十四郎は退となら仲良くしたいって言うの?」
「!」
「えっほんと?退嬉しい!」
「お前も乗るな!」

興奮して思わず立ち上がる土方に、大人ふたりは笑い出す。畜生、最悪だ。最悪な教師、最悪な恋。

「あははごめん、でも俺土方くんと仲良くしたいな。なんか心配なんだよね」
「し…心配って」
「こう…ナイフみたいに尖ったり、盗んだバイクで走り出したり…」
「しねぇから」

相変わらず笑いながら、山崎は短くなった煙草を地面に押し付けた。そこにもうひとつ、まだ長い吸い殻があるのを銀八が見つけたのにも黙って笑顔を返す。
山崎はいつ見ても笑っている気がする。仏の顔は三度までだが、山崎の顔はその倍ほどありそうだ。女子にも人気は高く、バレンタインに紙袋を抱えて帰っている姿を見た。因みに銀八は男ばかりから嫌がらせで貰っていたが、残念ながら喜ばせただけに終わった。

「そぉいや山崎センセ、おめでとさん」
「はい?」
「ケッコンすんでしょ?」
「あれぇ…あは、どっからもれたんですか」

思考は完全に停止した。ふらりとフェンスにもたれた土方にふたりは目もくれない。ただ少し、音に驚いただけ。
そして思い知る。結局のところ、俺は山崎について何も知らない。煙草は二十歳でやめたことぐらいしか。

 

 

やってしまった山崎センセ。
土方とはくっつきませんのであしからず。片思いが書きたくなったのです。
 

060408