宴 の 季 節

 

無礼講じゃあ!叫んだ近藤に続き、原田が乾杯の音頭を取る。人をダシにしやがって、そう言いつつも苦笑する土方は、次々と差し出されるグラスに自分のグラスを合わせた。ようやく土方が酒を口にした頃には、すでに何の宴会だかわからなくなっている。いつも世話役に回っている山崎はこの日ばかりはこんな、店を借り切っての宴会であるから、さっさと目当ての女のところに走っているし、近藤は早くも脱ぎだしている。ちょうど大きな仕事が終わったばかりなのもあって、疲れ切っている者の方が却って大騒ぎをしているようだった。

ちびちびやっていた土方のところに一升瓶を抱えた沖田がふらふらと寄ってきて、酌をしていた女を追い払う。不満そうな表情をした女も相手が沖田だと知ると大人しく離れていった。酔った沖田は普段以上に何をするかわからない。

「またひとつおっさんになりましたねィ。加齢臭も増したんじゃねーか?」
「どーせ」
「今年こそ殺してやらァ」
「毎年言ってんじゃねえか」
「姉上が死んでも土方さんは歳をとるんだな」
「……総悟」

一升瓶を直であおり、口から零れた酒を拭って沖田は土方を改めて眺める。ぴったりと隣に座って、そうまじまじと見つめられては居心地が悪い。

「何だよ」
「こんな男のどこに惚れたのかね。俺の方がいい男なのに」
「弟に惚れるかよ」
「わかんないですぜィ、世間には色々な愛がありやすからねえ」
「……」
「俺は違いやすぜ」
「そうかよ」

安心した土方は飲みなおす。やはり屯所で買い揃えた酒よりはずっと上等な酒はいい。料理もうまいので酒も進む。それなのにどこか楽しめないのはなぜか、沖田のせいで思い出した。

「あんねえ、土方さん。アンタガ来るまでは、こどもの日は俺のための祭りだったんでィ。姉上がかしわもち買ってきて、家にダッセー鎧出してダッセー鯉のぼり上げて」
「毎年やってたじゃねえか」
「でも姉上があんたの話をするんでさァ」

沖田が刺身を食べ始めて話が途切れる。誕生日など、いつもはどうしていたのだろう。
派手な笑い声や怒鳴り声、すすり泣きさえも聞こえる部屋を見渡す。もうすでに何人か消えているような気もした。ここの奴らは生き急ぐ。土方はときどきそう感じる。命が短い気がして、気を抜く隙がない。

それ俺が食おうと思ってたのにもう一杯どうぞほあだから言ったのに違うってあいつはさあやっべー幸せだざけんなこらァひどいと思いませんかいいねえその体何いつの話だよ彼女欲しいなぁげええっしんじらんねえ今夜どうよマジしんどいよなーよっ日本一ぎゃあっやめてください局長あれどこだあれいいよなあそんな女あと梅酒ロックそれ今度貸してやっぱお通ちゃんだろー醤油がねえぞ

酒の席はエネルギーが溢れる。生きている気がするのに、どこか変だ。

「あー、俺そのうち姉上の歳追い越すのか」
「…ああ、」
「へんなの。それまでに土方殺してやる」
「言ってろ」
「ふくちょー!誕生日おめでとーございます!」

プレゼントっす!酔っ払いが裸の近藤を押し付けてくる。俺はトシになら抱かれてもかまわねえ!抱きついてくる酔っ払いの主将を蹴り飛ばし、女たちと一緒になって笑った。毎年この日には誰かと寝た。それはささやかながら噂になっているようで、心なしか女たちが浮ついている。

「……俺今年は総悟と寝ようかな」
「……脳みそうわいてんですかあんた」
「あいつの夢が見れるかもしんねえ」
「……バカ言うな。酔いがさめる」

こんな話をすると宴の季節には思い出すだろう。土方は情に厚くない。江戸へ出てきてしばらくは忙しさにミツバのことなど忘却していたし、結婚の話が出なければそのまま思い出さなかったかもしれない。だから彼女が死んだことも忘れるのだろう。この悲しさも、虚しさも。
膨れっ面で飲んでいる沖田を見る。きっとこいつは一生恨み言を言い続けるのだろう。いつか本当に、彼に殺されるかもしれない。あまり考えたくないことだ。

色々と過去へ戻って考えてみる。ずっと古い記憶から。あのとき触れていれば。あのとき告げていれば。あのときならば?考えてもキリのない、漠然とした思いが胸を漂う。後悔だとは思いたくない。自分が出来ることをしたのだと思いたい。

「ひじかたぁ!お前アレだアレ、見合いでもしろ。な?おじさんがセッティングしてやるから」
「とっつあん酒くせえ、いい年してあびんなよ」
「何だよう、おじさんいじめるなよ寂しいんだから。な、悪いことは言わねえ、さっさと身ィかためちまえ。そうでもしねえと栗子ちゃんが諦めてくれねえよ」
「結局テメェの話か」

ただでさえたちの悪い男たちばかりだというのに、アルコールに浮かれた頭は尚悪い。自分も強い方ではないのに、今日は何故かはっきりしていた。

(あいつと飲んだことなかったな……)

別れたのはまだ心も体も子どもの頃だった。
近いうちに墓参りに行こう。沖田が暴れだして土方の頭を一升瓶で殴りつけるまで、土方は久しぶりに穏やかな気分だった。

 

 


070506