09:金魚の軌跡(土山)

(…誰だよ…生徒会室で金魚飼ってんの…)

窓際に置かれた水槽に、赤い金魚が一匹。土方の視線に気付いたのか、新八がさっちゃんを見た。頭の上の眼鏡を探して床を這っている。

「祭りで取ったらしいんだけど、自分のうちじゃどうなるかわからないからって」
「よく分かってるじゃねぇか。つかなんであいつ書記なわけ?つーかなんで会議に誰もこねぇんだコノヤロォォ ォ!!」
「お、落ち着いて!」
「副と書記と会計で文化祭要項まとめろってか!?」
「しょうがないですよ、他のクラス進級組だから」
「俺もな!」
「……」
「だ〜もういい、勝手に決める。おい猿!頭だ頭!」
「次猿って言ったら殺すわよ。そして頭は正常だわ」
「眼鏡が頭だ!どこが正常だよ!」

いらだちを隠さないまま机の足を蹴る。さっちゃんのシャーペンが転がった。新八も諦めた様子で、土方の隣で資料を広げる。Z組は大体が就職組だ。特に生徒会の他のメンバーは難関狙いもしくは部活なので、生徒会役員としては最小限しか関わる気がない。今日はそれがよくわかった。
外は炎天下だろう。この生徒会室も、窓は開いているが暑い。手にしたプリントはふやけた。窓際の棚に置かれた水槽は、夏の日差しを受けて反射する。光の中で泳ぐ金魚、その向こう。…サッカー部の練習試合を、山崎が手持ち無沙汰に眺めている。ちらちらと金魚が姿を隠す。

「…やるぞ」
「私のシャーペンは何処へ行ったの?」
「落ちたよ」
「そんなに私をひざまずかせたいの?思い通りにはいかないわよ」
「なんで銀八先生に対してだけMなの?」
「無視しとけ。当日の配置は?」
「土方さん午後の受付でいいんでしたっけ」
「午前中はクラス行く。午前の受付は?」
「さっちゃんと僕が」
「忙しくないか?もう一人ぐらい。今日来ねぇのが悪いんだ、佐伯入れとけ」
「佐伯さんは開会式の司会です。舞台からは他に減らせないし」
「…暇な教師引っ張れ。銀八以外」
「先生はどっちにしろクラスみたいですよ。去年ウケたからまたパー子らしいです」

あれか、土方は溜息を吐く。担任は去年女装で文化祭に参加した。

「…今年のテーマは」
「『人情』」
「…なんでそれに決まったんだろうな…」
「…」
「開会式の間は教頭先生が暇よ」
「お前誘ってこい。女が行ったのがましだ。午後は?」
「僕はステージに」
「…寺門か」

金魚は泳ぎ続ける。尾の端から山崎が見えた。サッカー部の誰かと話をしている。

「他の学年からは?」
「舞台の手伝いで来ますけど、受付にも人要りますか」
「一応忙しそうなら入れる奴つくっとけ。あとは?閉会式は司会俺だろ」
「そうですね。他は」

ちらちらと目の端に金魚が移って仕方ない。水に溺れた山崎が、金魚に食われて消えた。何処へ行ったのか。思わず思考が止まる。

「土方さん?」
「あ…、あぁ。んで?」
「後片付けは私が体育館」
「大丈夫か?」
「失礼ね」
「外のテントは運動部だろ、俺が行くけど」
「土方さん以外は大体体育館ですね」

────山崎はそれきり見つからない。帰ってしまったんだろうか、そう思って納得した。もっと早く終わるはずだったのだ。山崎の用事が終わってすぐ、と言う程度だと思っていたのに、甘かった。暑さや苛立ちに耐えきれず、窓側へ寄って水槽の前に立つ。ポンプで波打つ水面で金魚が揺らめいた。
眩しい外に目を遣る。校門の向こうから、山崎が顔を出した。土方には気付かない。そのうち壁の向こうに消える。

「────志村」
「はい?」
「あとお前らで適当にやっとけ」
「ええっ!?」
「急用」


⇔01:蝉の羽
051017