08:短い夜に(三笠)

「だからね、…」

上の空の三上の気を引こうとさっきからしきりに話しかけるのに、三上はぼんやりした反応しか返さない。折角久しぶりにふたりで出かけているのにずっとこの調子だ。
少し遠出してきた祭り、今のところ知り合いには遭遇していない。

「聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。聞いてるからこれ持ってて」
「聞いてないじゃん!」
「ほら」
「もー、何で…」

ちゅ、と。一瞬 笠井の視界が塞がれて、三上はすぐに離れた。

「…はぁ?」
「うわっムカつく反応しやがって」
「だって…は?何?」
「何だよ」
「口に青のりつけといてよくやりますね」
「…」
「まだついてますよ」
「早く言えよ!」
「いや三上先輩がチラチラ見られていくのが面白くて」
「…」

笠井が口元を拭ってやる。可愛くねぇ。三上は呟いて顔をそらした。
ふと空を見上げた一瞬に、パッと花火が上がって周りの客から拍手が起こる。

「おぉ」
「始まりますね」
「…」
「…」
「────花火終わったら帰るぞ」
「…うん」

夏の夜は短い。本当にふたりになれるのは夜の間だけなのに、その夜がすぐに終わってしまう。
三上が視線をそらしたその方向、何となく気になった男と目が合った。同じか、いや少し年上だろうと思われる男。その隣に連れらしい男がいて、そっちは花火を待っている。
目が合った男はうろたえた様子を見せ、三上は思わず笑った。さっきのを見ていたのだろう。知らない人間なら構わない。相手はパッと顔をそらした。

「…何笑ってんですか」
「あ?いや、別に」
「わけもなく笑わないでくれますか、気色悪い」
「…お前年々可愛くなくなるな」
「今更先輩の前でかわいこぶってどーすんですか」
「昔からかわいこぶったりしてねぇだろうが」
「そんなことないですよ。…最近は夜とかちゃんと」
「…オイ」
「あ、上がり始めましたよ」

花火が続々と上がってきた。色とりどりの光が闇夜に弾ける。

「久しぶりだなぁ、花火」
「俺地元で毎年祭り行くけどなぁ」
「だってひとりで行っても虚しいだけじゃん」
「一緒に行ってやろーか?」
「ほんとに?」
「え、」
「…って、かわいこぶってみたりしてー」
「…」

三上は自分のうかつさを呪う。笠井は隣で笑いだし、花火なんて見ていない。

「ごめん、嘘。でもいいです、先輩忙しいでしょ」
「…」
「どうせちっちゃくてしょぼいんですよ」
「行く」
「…」
「行くぞ」
「…変な人」

笠井は三上から逃げるように空を見た。ぱらぱらと火花の降る様子に子どもが喜ぶ声が聞こえる。
瞬間だけの花は短く咲いて散っていった。幻想的な一時は間もなく終了し、祭りのメインが終わったので人が帰り始める。

「…帰りましょう」
「…」

笠井が先に歩きだした。三上がその後について歩く。

「おい!」
「うわっ!?」

笠井が誰かにぶつかられるような勢いでぶつかられた。捕まえられた腕を解けば、あ、間違えたなんて間抜けな声。
三上がとっさに笠井を引き寄せると、ぶつかってきたのはさっき目が合った男だ。

「お…お前、」
「お前ホモ?」
「なっ、」
「こんなとこでナンパか?」
「違うッ、用があんのは…つか、お前が」
「ホモで悪いか!」
「ちょっ、先輩?」

うろたえている笠井を引っ張って三上は再び歩き出す。相手もあっけに取られてしまったのか、追ってくる様子はない。

「待って先輩、」
「あぁ」

手を離して足を緩める。笠井がもう、なんて女のように溜息を吐いた。

「知り合いですか?」
「まさか。さっきの見てたんだろ」
「さっき?」
「キス」
「…あぁ…」

笠井は後味が悪そうに顔をしかめた。

「────やめるか」
「え?」
「帰るのやめるか」
「…やめて、どうするんですか」
「知らねぇよ」
「そんな無責任な」
「責任なら取ってやる」

短い夜を重ね続けて 長かった今日までの日々。
今更何を後悔しようか。


WITH土山。⇔花火の前に
050721