06:花火の前に(土山) 「…お前ほんとにひとりだろうな」 悪戯をしたように山崎が笑い、土方は何となく照れてしまった。 「…行くか」 歩きだした土方の隣を山崎が歩く。 「花火までまだ時間あるし何か食べます?俺腹減った」
山崎が先に立って、土方が追いかける形になる。人が増えてきて隣を歩きにくいのだ。 「…山崎はよくくるのか?」
店の前は結構並んでいる。あとで、と声をかけて列に並んだ。彼のさばきは早く、すぐに列は短くなる。 「それで退ちゃん、デートのお相手は?」
絶句もするだろう。土方もどう対応していいか分からない。 「…まぁ、退ちゃんが選んだ人ならおじさん何も口出ししないよ。食うんだろ?」
くるくるっと手を動かしながら、おじさんはパックに焼けた分を詰めていく。8個で売っているところに更に3つ4つポンポンと載せて、おまけに代金を受け取らない。 (…まぁ…あいつらに邪魔されるよりましか…) どうせこの程度だろうと思っていた。そもそもが男同士なのだ、いい雰囲気なんて作る気だったのか。 「それでね、三上先輩」 前を横切ったふたりの会話が一瞬分土方の耳に残る。何となく追えば男ふたりで歩いているようだ。 (…『先輩』とふたりででかけるか?) そういう土方もダブったので正解には山崎の先輩だが。 (まぁ…他とはぐれたとかまとめて買い出しとかそんなんか) 自分たちのような関係などそうないのだろう。何となく溜息を吐きたくなる。 「あっ」 落とした、山崎が言って、何かと思えばおばさんがタオルを落としたのに気付かず通り過ぎたのだ。山崎はぱっとそれを拾って後を追う。おじさんとふたりで残されてしまって土方は困った。 「…」 深い一言。土方の知らないことを彼は知っているのだろう。 「ただいまァ、土方さん、もうすぐ花火始まるみたいですよ」 山崎を手を振るが流石に土方は会釈をするだけにする。
「聞いてる?」 ふと土方の耳に触れたのは、さっきも聞いた声。何となく見ればさっきの「先輩後輩」だ。 「聞いてる聞いてる。聞いてるからこれ持ってて」
土方が見ていたその一瞬に、先輩の方が後輩に一瞬口付けた。 (…なんだ、今の…) 思わず山崎の方を見た。 「あっ!」 山崎の声に驚いたが花火が上がっただけだった。観衆から拍手が起こる。 「わぁー」 空を仰いだ山崎の顔を花火の火が照らした。明るいその顔は滅多に曇ることはない。 「…山崎」 山崎の視線とぶつかって土方は顔をそらした。 …出来るわけがない。キスのことではなく(それならしたし)、何を思ってこんな人混みでキスなど。 (…やっぱホモだったのか…) ふっと視線を戻してみると、先輩の方と目が合った。同じ年ぐらいだろうと思うのに、向こうは少し笑った気がする。 「…土方さん何見てるんです?」
何て返事。流石に後悔して顔をそらす。目に映るのはいい女でも、土方は何も思わない。
「…土方さん」 どこだと見当違いの場所に触れる山崎の手を離して、口元に口付けた一瞬。
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