06:花火の前に(土山)

「…お前ほんとにひとりだろうな」
「何でですか?」
「いや、…高杉とか」
「俺だっていつも杉くんと一緒じゃないですよ。────それに杉くん、邪魔するし」
「…」

悪戯をしたように山崎が笑い、土方は何となく照れてしまった。
恋愛経験は自分の方が豊富だろうと思うのに、いつも山崎の方が一枚上手だ。

「…行くか」
「はい」

歩きだした土方の隣を山崎が歩く。
夏休みに入っても結局補習でいつものメンバーで、ふたりで、なんて、珍しいとも思える状況。中学生の初デートのように緊張する。否、土方にはそんな記憶はない。
…そうだ。これはデートか。舞台は近所の祭り。相手は浴衣の女ではないが。

「花火までまだ時間あるし何か食べます?俺腹減った」
「…何かっつってたこ焼きになるんだろーが」
「あっバレた!へへー、ちょっと遠いけど仲のいいおじさんがやってるとこがあるんです」
「…行くか」
「もうちょっとあっちですよ」

山崎が先に立って、土方が追いかける形になる。人が増えてきて隣を歩きにくいのだ。
屋台の並ぶ間を抜ける。 威勢のいい呼び込みと女の歓声、祭りの雰囲気は久しぶりだ。

「…山崎はよくくるのか?」
「お祭りですか?多分毎年きてます。去年はたこ焼きのおじさんとこでバイトしてたし。中学時代は財布落として友達とはぐれたふりしてましたね〜。優しいおねーさんにおごってもらったりして、後で杉くんと合流するんですよ」
「…」
「あ、おじさーん」
「おっ退ちゃん!今年はデートじゃなかったのかい」
「デートだよ」

店の前は結構並んでいる。あとで、と声をかけて列に並んだ。彼のさばきは早く、すぐに列は短くなる。

「それで退ちゃん、デートのお相手は?」
「この人」
「…」

絶句もするだろう。土方もどう対応していいか分からない。

「…まぁ、退ちゃんが選んだ人ならおじさん何も口出ししないよ。食うんだろ?」
「勿論!おじさんのたこ焼き大好きー」
「嬉しいこと言うねぇ」

くるくるっと手を動かしながら、おじさんはパックに焼けた分を詰めていく。8個で売っているところに更に3つ4つポンポンと載せて、おまけに代金を受け取らない。
よほど山崎がお気に入りなのだろう、山崎が土方のたこ焼きにマヨネーズを載せているのを見たときの彼の目には怒りに似た物が見えた(土方はそこに含まれる意味の少なくともひとつを理解していないが)。
たまたま客も途切れたので店先で世間話をしながらたこ焼きを食べた。話すのは専ら山崎とおじさんだ。

(…まぁ…あいつらに邪魔されるよりましか…)

どうせこの程度だろうと思っていた。そもそもが男同士なのだ、いい雰囲気なんて作る気だったのか。
歩く人の中には男のふたり連れは土方が思っていたより多い。この分なら自分らも目立ちはしないだろう。

「それでね、三上先輩」

前を横切ったふたりの会話が一瞬分土方の耳に残る。何となく追えば男ふたりで歩いているようだ。

(…『先輩』とふたりででかけるか?)

そういう土方もダブったので正解には山崎の先輩だが。
ふと思い出すと何となく情けなくなってくる。

(まぁ…他とはぐれたとかまとめて買い出しとかそんなんか)

自分たちのような関係などそうないのだろう。何となく溜息を吐きたくなる。

「あっ」

落とした、山崎が言って、何かと思えばおばさんがタオルを落としたのに気付かず通り過ぎたのだ。山崎はぱっとそれを拾って後を追う。おじさんとふたりで残されてしまって土方は困った。

「…」
「いい子だろう」
「あ、ハァ…お人好しと言うか」
「あの子は幸せにならなきゃいけねぇよ」
「…」

深い一言。土方の知らないことを彼は知っているのだろう。

「ただいまァ、土方さん、もうすぐ花火始まるみたいですよ」
「おぉ、じゃあ向こう行くか」
「じゃあねおじさん、また」
「おぅ!」

山崎を手を振るが流石に土方は会釈をするだけにする。
再び人ごみを歩き出す。みんな花火を出来るだけ近くで見ようとしているのか、大体は同じ方向だ。あんな大きなものだから少し歩いた程度では変わらないと思うが、気分の問題だろう。そのうち完全に進まなくなる。

「聞いてる?」

ふと土方の耳に触れたのは、さっきも聞いた声。何となく見ればさっきの「先輩後輩」だ。

「聞いてる聞いてる。聞いてるからこれ持ってて」
「聞いてないじゃん!」
「ほら」
「もー、何で…」

土方が見ていたその一瞬に、先輩の方が後輩に一瞬口付けた。
飲み物やなんやと押し付けられていた後輩の方は反撃も出来ず、少し動いたので土方の角度からは表情は見えない。

(…なんだ、今の…)

思わず山崎の方を見た。
山崎は何も気付いていない。おまけに口元に青のりをつけている。

「あっ!」

山崎の声に驚いたが花火が上がっただけだった。観衆から拍手が起こる。

「わぁー」
「…」

空を仰いだ山崎の顔を花火の火が照らした。明るいその顔は滅多に曇ることはない。

「…山崎」
「はい?」
「…いや…出来ねえだろ」
「は?」

山崎の視線とぶつかって土方は顔をそらした。 …出来るわけがない。キスのことではなく(それならしたし)、何を思ってこんな人混みでキスなど。

(…やっぱホモだったのか…)

ふっと視線を戻してみると、先輩の方と目が合った。同じ年ぐらいだろうと思うのに、向こうは少し笑った気がする。

「…土方さん何見てるんです?」
「あ、」
「いい女でもいました?」
「バッ、……いい女はそこらに転がってるだろうがよ」
「お祭りですからねぇ」
「…」

何て返事。流石に後悔して顔をそらす。目に映るのはいい女でも、土方は何も思わない。
花火は試し打ちだったらしく、あれきり空は静かだ。地上ばかりがうるさい。

「…土方さん」
「…」
「手ーつないでみてもいーですか」
「!」
「ちょっとだけ」
「…青のり取ったらな」
「えっ!ついてますッ!?うわ恥ずかし…」
「…」

どこだと見当違いの場所に触れる山崎の手を離して、口元に口付けた一瞬。
花火が続々と上がり始めた。


WITH三笠。⇔短い夜に

050721