05:かげろふ(三笠)

今よりもう少し、あなたへの思いが強くなかった頃。
俺はかげろうになりたかった。

「かげろう?」
「そう…」

うとうととしながら笠井は布団に潜り込んだ。三上は読んでいた雑誌から顔をあげるが、笠井は体ごと壁へ向いている。

(陽炎…?)
「いつだろ…文化祭の準備期間頃かな、中学の」
「ハァ」
「なんか…そう、色々忙しくて、もうすることも考えることも一杯で、余計なこと考える間がなかったから」
「…から?なんで陽炎?」
「だから…」
「……笠井?」

しばらく待ったが反応はない。寝てしまったらしい。話しながらとは器用なやつだと呆れる。

「…陽炎、ねぇ」

三上がイメージとして持っているのは蜃気楼のような錯覚だ。そんなものになりたいなどと言い出す笠井の気持ちはとてもじゃないが分からない。

(陽炎、に、なりたい…)

俺の前から消えたかったんだろうか。
近付いても近付けないほど遠くへ行きたかったんだろうか。
いくら考えても分からない。

(…なられたら、困る…)

丸くなって眠る笠井を見る。その体勢のせいでベッドがよけいに狭くなるのだ。

「…笠井って、わかんねぇ」

三上はまさかかげろうが蜻蛉であるとは思わない。蜻蛉であるとわかったところで三上に理解は出来ないだろう。

笠井はカゲロウになりたかった。
恋するためだけに生きたかった。結ばれるために生まれて恋だけして死んでいく。
余計なことに気を取られずに。眠る時間もいらないほどに、ただ。 それは以前も今も叶わないことではあるけれど。

「(…俺も寝よ) かっさいさん、お隣開けて」
「ん〜…狭い…」
「いいから」
「…うん…おやすみなさい」


050810