恋 の 罠

 

「ハァ…」

沖田は大きく溜息を吐いた。周りの視線も気にせずに、沈んだ様子で味噌汁をすする。

「…や…山崎ィ、総悟どうしたかわかるか?」
「…恋煩い?」

近藤の茶碗にご飯を乗せながら、山崎はへっと投げやりな様子で呟いた。近藤はおお!と何やら感動した様子で、日本昔話のごとくご飯の盛られた茶碗を手に沖田へ近付いていく。
土方が不審そうに山崎の傍に寄った。茶碗を差し出して沖田を見る。

「…恋煩いってことはお前絡みなのか」
「そうだったら俺の繊細な心はこんなに傷みつけられてません」
「何があった」
「…昨日、隊長の昔の友人に会ったらしいんです。5、6人。それが、それぞれに彼女がいたらしくて」
「…それで?」
「…彼女が欲しいって言い出しました」
「…てかテメェどんだけ盛る気だ!食えるかッ」
「イテッ。ちょっとッ、俺は傷心なんですよッ!?文句言うならあんたが追い払った飯炊きの責任取ってから言って下さい!若くてそこそこ可愛くてうちみたいな男所帯で飯炊きしてくれる女探すの大変なんですから!」
「うるせぇ!あの女マヨネーズを愚弄しやがった!飯炊きなんざ耄碌したババァで十分だ!」
「ふ、フクチョー!それは横暴です!」
「耄碌はヤベーよ!何食わせられるか分かんねぇよ!」
「同じ女なら若くて可愛い方がいいっス!」
「マヨネーズがなんだ!」
「自分はもてると思って!」

周りの隊士に一斉攻撃を食らった土方は一瞬戸惑い、次の瞬間にはうるせえ!と刀を抜いた。騒ぎに関わりたくない山崎は沖田を見ながら、誰かに差し出された茶碗にご飯をよそう。返そうとするともっと入れてヨ、とこの場にないはずの高い声がした。

「…神楽ちゃん?なんでこんなとこに…」
「ご飯がなくなったアルヨ」
「門に見張り…」
「色じかけで倒したアル」
「…はい」
「ありがとヨ」

さっき土方に文句を言われたほどご飯を重ねて差し出したが、彼女ならきっとペロリと食べてしまうだろう。後で門に様子を見に行かなければ。

「…参考までに聞いていい?」
「なーに?」
「神楽ちゃんは彼氏とか欲しい?」
「ご飯3食とおやつが2回あるなら彼女になってやってもいーヨ」
「…ありがと…」

 

*

 

「襟」
「ん?あ、いいんですこれで」

女物の着物を着込む山崎を、沖田は部屋の隅で眺めていた。濃艶な友禅はこの屯所に似合わない。沖田は立ち上がって山崎に近付き、着物を端折っている後ろに立って大きく開いた襟から覗く首筋にかみついた。ぎゃっと悲鳴があるのを無視して痕を残す。

「ちょっ…」
「女郎にでも化けようってのかィ」
「…ま、近いです。急いでるんで邪魔しないで下さいね」
「…」

さっさっと慣れた様子で着付け、帯の結びも淫らな女のするやり方。一体どこで教わってくるのか疑問だ。鏡を立てて化粧を始める。見られているのが嫌なのか、何度か振り返ったが山崎は何も言わなかった。

「…今回は何処に行くんでィ、女の格好なら今日か明日には戻るんだろィ」
「そうですね、多分明日になります」
「山崎ィ、支度出来たか」
「あっ、も、もうちょっと!」

部屋に入ってきたのは土方で、沖田は呆れてその様子を見た。またこちらも遊び人風の格好で、下に着た襦袢の派手な様子を珍しそうに見ていると土方が顔をしかめる。

「なんでこいつがいんだよ」
「勝手に入ってきちゃうんですって」
「迷惑かコラ」
「勤務時間でなければ大歓迎です。副長の準備は?」
「あの重い機械はどうする」
「あ〜…証拠がいるなら録音機もついてた方がいいですが」
「テメェの荷物にゃ入らねぇか」
「旅行じゃないんですよ。じゃあ、もういっそ副長が売人っぽくアタッシュケース」
「…露骨じゃねぇ?」
「〜〜〜…じゃあ手間かかるけど解体してふたりで分けましょう」
「よし」
「…土方さんも行くんですかィ?」
「場所が場所だからな」
「何処に?」

へっ、と土方が笑った。それにむっとする沖田を見ながら、土方は支度を終えてすっかり別人になった山崎の隣に立つ。絵になるがあまり近寄りたくない絵だ。

「ガキにゃ用のないとこだ」
「そうでもないっスよ最近は。副長さんこれでいかが?」
「アイシャドウが濃い。目尻のマスカラぬるい」
「そういうのは聞いてません」
「だから何処行くんでィ」

土方が笑った。

「ラブホ」

 

*

 

「あ〜クソ…」
「オカエリ」
「…自分の部屋で寝て下さいよ…」

朝方帰ってきた部屋、沖田はここで寝ていたらしい。布団も敷いておらず、鏡の裏から顔を出す。

「…土方さんは?」
「部屋に帰りましたよ」
「ふーん…」
「拗ねなくてもあなたが期待したようなことはしてませんから」
「…」

化粧は落としている山崎の顔を見ると何となくほっとする。這って近付き、膝を枕にしてやると身動きが取れずに顔をしかめた。まだうとうとする沖田の髪を優しく梳く。甘く香水が香って、今度は沖田が顔をしかめた。

「女って、いつもあんなに面倒くせェのかィ」
「え?まぁ、昨日のは派手目でしたけど。多少変装要素もあるし」
「ふーん」

沖田が手を伸ばして山崎の髪を引いた。そのまま体を倒し、乾いた唇を合わせる。

「…ラブホで一晩何してたんでィ」
「…一晩中隣の部屋の盗聴です。情けない仕事ですよ」
「ふーん。…胸何入ってんの」
「…タオルを」
「ふーん」
「…」

沖田の手が軽く胸を押す。生身ではないのに何となく山崎は緊張した。当の沖田はそれに気付かず、よく分からないと言った表情をしている。

「…隊長、」
「ん?」
「彼女、作ったっていいんですよ」

…自分は今更女になれないけど、身を引くことならできる。しばらくじっと見つめ合った。沖田は意味を取りかねていたようだ。

「…彼女ってのはその辺に落ちてんのかィ」
「隊長ならひとりやふたり引っかけられますよ」
「お前が女だったら一番いい」
「…酷いこと言うなァ」

くしゃりと顔を歪めて山崎は笑った。沖田の髪を撫でてやる。

「お前が女にゃなれねぇことぐらい分かるさ」
「えぇ」
「…あっ!」
「はい?」
「お前彼女いたよな」
「…い…いましたけどォ」
「どうなんでィ、デートとかしたのかィ」
「いや…その時からあいつお水やってて、つか俺ヒモだったし」
「ヒモ?」
「いや嘘、間違えました。俺キモかったからあいつ一緒に歩くの嫌がってたし、デートとかはしたことないです」
「じゃあ何してたんでィ」
「…え、言わなきゃ駄目っスか」
「駄目」
「…だから…部屋で…」
「部屋で?」
「…け、化粧教えてもらったり?」
「…」
「あ…あっ!俺報告書書かないと!隊長すいません着替えるんでちょっとどいてもらえます?」
「俺が脱がしてやろうかィ?」
「え…あ、いや、いーっス」
「遠慮するな」
「してなっ…」

どんと押されて後ろに手をついた。その隙に沖田は体を起こし、着物を押さえて馬乗りになる。

「…隊長、勤務時間ですよ」
「今がいい」
「駄目です」
「連れて歩きたい」
「…デートですか?」
「そう」

唇が降ってきて、軽く合わせながら山崎はどうしたもんかと思案する。
土方は別として近藤、それ以上に沖田は女遊びというものの経験が少ないようだ。まだ幼いとも言える年頃に真選組が結成され、その不釣り合いなほどの実力で幹部になった彼には自由な時間があまりなかったらしい。
隊に入るのが遅かった山崎はと言えば、沖田達に取り残されてしまったせいだけではないが半ば捨て鉢な生活をしていたので一通りの風俗はこなした。情けない話だが誰も止める者がなかったのだ。

「…じゃあ、一度だけ」
「…」
「いっぺんだけなら時間作りますから、デートでも何でもしましょう」
「…何処に?」
「決めて下さいよ」
「お前はあんな風に化粧すんのかィ」
「あなたの好みに合わせます」
「…」

沖田はしばらく考え、山崎の帯に手をかけた。それを解こうとしてまた考える。

「…面倒くさい」
「…はい」
「やっぱりお前でいいや」

ひょいと伸び上がって山崎に口付け、沖田は立ち上がった部屋を出て行く。山崎は何が起きたのか分からないまま、むくりと体を起こして頭を掻いた。

(…何だったんだろう)

 

 


ほんとにね☆途中で目的を失いました。しょぼん。神楽はまた出てくる予定だったのに私が力つきたのであれだけ。
大昔に書いてたものを発掘。ていうかこれアップしてない?

051203