猫 の 首 に 鈴

 

「朝でーす朝ですよー皆さんおっきして下さいねー」

ガンガンガンガン、
山崎が鍋底を叩きながら廊下を通っていく。昨夜宴会に明け暮れた隊士達の呻き声があちこちから沸いてきた。

沖田はのそりと起き上がり、髪をかきあげて廊下を渡っていく山崎の影を目で追った。山崎も昨晩酔いつぶれていたはずだが大した回復力だ。
それからあくびをひとつ、布団をはね上げて起きるのと殆ど同時に着ていた物を脱ぎ捨てた。慣れた動作でハンガーにかかったシャツを着て、いつもの手順で着替えていく。

(確か朝から見回り入ってたな…刀…)

あくびをかみ殺しながらボタンを止める。
起こしにきたのが山崎と言うことは朝食も彼が作ったのだろうか。あいつの味噌汁薄いからなぁとぼやきながら上着を手にする。

チリン

刀を持ち上げた拍子に鈴の音。
沖田は振り返ってみるが何もない。

「…?」

どこかの飼い猫庭に入り込んでいるのだろうか。
まぁいいかと歩き出すと、チリン。

「…」

刀を見れば鍔の部分に紐が結ばれ、その先に鈴がふたつついている。つい昨日まではこんなものはなかった筈だ。
となるとつけられたのは夜中のうちだろう、沖田は昨日の宴会には顔は出したが、酔っぱらいの増えてきた辺りで部屋に帰った。酒で気の強くなったやつらが絡んでくることがあり、面倒なので長居はしない。
そういえば夜中に何かの気配は感じていた。外してみようとするが妙にきつく結ばれていて取れそうにない。

「…山崎ィ!」

廊下に顔を出して叫ぶ。朝一番でうまく声が出ない。

「山崎!」
「はいよ〜?」

ガンガンうるさいのをひきずったまま山崎が沖田の方にくる。
いつもならやかましいと土方に怒鳴られているころだが、今日はあの人も大声は出せないのだろう。

「お前だろ」

チリン、これ、と山崎の前に刀を突き出す。
ぶらりと揺れて鈴はチリリと鳴り、山崎は一瞬顔を青くして否定した。

「ま…まさか!」
「俺に気配悟られずに部屋に入れるのはお前ぐらいなもんだぜィ」
「あぅ…」

それは特に山崎が優れているとかではなく、身の回りの雑用のためちょろちょろしていたら沖田が意識しなくなっただけと言う情けない理由ではあるが。

「なんのつもりでィ」
「えっと…その…あのですね…」
「返事は素早くはっきりーィ」

構えた刀の鈴が鳴り、顔をしかめた沖田にいつもにはないすごみが増す。ヒッと山崎は息を飲んで後ずさった。

「ごっ…ごめんなさい酔ってたんですホンットすいません!」
「何の真似でィ」
「あの…ええと、みんなが出来上がった頃にですね、その…沖田さんの話になって、」
「…その辺は後で詳しく聞かせろィ。それで?」
「そっ、それでッ、沖田さんこっそりつまみ食いしたり会議抜け出したりするから、鈴でもつけりゃいいんじゃないかって土方さんが…うわわ抜かないで下さいよっ!」
「土方さんのためならなんだってするみてぇだから今ここであいつの代わりに刀の錆になりなせぇ」
「ぎゃっ」
「安心しろィ、あとで土方さんも送ってやらァ」
「そっ、それ代わりじゃないですよ!」

山崎が慌てて駆けだした。
鍋が派手な音をたてて廊下に落ち、沖田はそれを飛び越えて追いかける。
チリチリと鈴の音が耳につき、沖田は更に不機嫌さを増して山崎を追う速度を速めた。

「お、沖田さん洒落にならな…ブッ」
「おっと、どうした山崎、朝っぱらから」
「きっ、局長!」

助かったとばかりに山崎は近藤の後ろへと逃げる。
まだ起きたばかりらしい近藤は、そうでなくとも状況が読めず山崎を振り返る。

「あっ、山崎!」
「ヒッ!」
「おー総悟、朝早くから元気だなぁ」
「近藤さんそいつをこっちに寄越して下せェ」
「だっだっだめです局長ッ俺死んじゃう!」

チリン、近藤が沖田の鈴に目を止めた。総悟、ゆっくり名前を呼ぶ。

「いいものついてるじゃないか」
「…」
「いいんじゃないか?それとももう鈴なんて要らないか、それなら俺が喜んで貰うぞ」
「…」

沖田は顔をしかめて手を下ろした。刀をしまってふいと戻っていく。
拍子抜けした山崎が近藤の後ろから出てきて背中を目で追った。

「何ですか?」
「あいつが刀を握る前のおもちゃだ」
「ハァ」
「トシが捨てたけどな、どうせ今回もトシが言い出しっぺだろ」

ところで朝飯にしよう、何事もなかったように近藤は歩きだした。

 

*

 

チン、耳に不慣れな音。いや、懐かしくはある。

「…」

まぁいい。
チリチリ鈴を鳴らしながら沖田は土方の部屋に向かう。途中で台所を過ぎると、中の隊士が鈴の音を気にして顔を出した。

「なんだ、隊長ですか。猫でも入り込んだのかと」
「…また味噌汁は山崎かィ」
「はは、今回は自分が」
「そりゃいい。…一匹」
「ダメです」
「土方さんのを」
「ダメですって」

机のししゃもに手を伸ばしたのを叩かれ、沖田は諦めて鈴を鳴らしながらそこを離れた。
安心した隊士がまた流しに戻ったのを見計らって、沖田は鈴を手の平に握りこんで足を戻す。彼の中には既に沖田=鈴音になったのだろう、振り返らない彼からまんまとししゃもを盗む。

(こりゃいい)

どうせだから当分鈴で遊んでやろう。ししゃもに頭からかぶりつきながら爪で鈴を弾く。チリン、軽い音。

(あ 焦げてる)

どうせ山崎だろう。
チリチリと朝の空気に鈴が歌う。

 

 


はじめ沖田さんがちょっとトラウマっ子だった。

041029