立 て ば 芍 薬

 

「やっ…やめて下さい!」
「いいだろ、ちょっと相手しろよ」
「急ぎますので!」
「そう言うなって」
「やっ…」

あー下らないことやってる奴がいるな。
土方がその騒ぎに近付いて行ったのは職業上の義務感でも己の中にたぎる正義感でもなく、ただわざわざ買いに行ったいつもの煙草がなかったからだった。試しに他の種類をひと箱買ってふかしてみるがやはり落ち着かない。
そこで体のいい鬱憤晴らしに野次馬を割ってそこに近付いた。
男がふたり、片方が嫌がる女の手を掴み無理矢理引っ張っていこうとしている。質素な着物に身を包んだ女は困った情もひどく優美だ。
…対する男を見て、大した男ではないのを確認する。

「おい」
「あぁ!?何だよ邪魔するな!」

そこまできて土方は自分が今私服だということを思い出した。
今日は非番だ、よって腰に獲物はない。しかし問題はないだろう。

「嫌がってんじゃねーか」
「何だてめぇは。やられてぇのか?」
「それはこっちの台詞だ」
「あっ…」

危ない、女が叫んだ。しかしその声が男に聞こえたかどうかは分からない。
男がひとり土方に向かってきた。それが届くより早く腕を伸ばして着物を掴み、地面に引き倒す。
鮮やかな手際に女を捕まえていた男が怯んだ。土方が静かに睨みつけると、男は地面に伏している相方をおいて何か口ごもりながら逃げていく。

「…大丈夫か」
「…えぇ、有り難う御座います」

女は丁寧に礼をした。そこそこの育ちなのだろう、何気ない動作だが性格が現れる。
ふと着物から覗く手首が赤くなっているのが見え、土方はその手を取って軽くさすった。

「あ、」
「美人っつーのも災難だな」
「…本当に有り難う御座いました」

ふっと微笑むその表情に誰かを見た気がした。
なんでそのとき気付かなかったのか。

 

*

 

「…」

なんだあれ。
ぶらりと屯所へ帰ってきた土方が見たものは、先程助けたばかりの女が近藤と親しげに話す姿だった。局長も例の女を追いかけるのはやめたんだろうか。

「…お、お帰り色男。こいつ助けたんだって?」
「あぁ…まぁな」
「あっ…あの、ほんとに手間かけさせて申し訳ありませんでしたッッ!」

突然女が腰を折って土方に深く礼をした。虚をつかれ反応の出来ない土方をおいて声は続く。
待て、この声は。

「投げ飛ばしてやろうと思ってたんですがこんな変装してたから下手に動くと怪しまれるかと思いもたついてたら野次馬が集まってきてそれで身動き 取れなくなってたんです本っっ当にすみませんでした!」
「山崎美人に化けすぎだなぁ、凄い変装だが」
「だ、だって今回スナックで張り込みだったんでまさかお婆さんに化けるわけには…ちゃんと女の人に見えます?」
「十分だ、逆に目立ちそうだぞ」
「…山崎」
「…は、はい」
「…」

土方はしばらく値踏みするように山崎を睨み、無言でその場を立ち去った。
山崎はそれを見送り緊張を解いて近藤の顔を見る。

「…俺絶対殴られると思ってたんですけど」
「うーん…」
「山崎が上手く化けすぎたんでさァ」
「あ、沖田さんお帰りなさい」
「…山崎、」
「はい?」
「胸何入ってんだィ?」
「キャーッ」

山崎の着物に手をかけた沖田に煙草の箱が飛んでくる。角が当たったのか、沖田は顔をしかめて頭を撫でながら箱の飛んできた方向を見たが誰もいない。
山崎はかがんで煙草の箱を拾う。細やかな動作まで女のそれだ。

「…副長どうしたんでしょう」
「さぁなぁ…」
「山崎だって気付かなかったんじゃないのかィ?」
「…まさか、副長ですよ」
「俺が分かったんだ、あいつも気づくだろ」
「どうですかねェ」
「…」

 

*

 

「副長、山崎です」
「…入れ」
「失礼します」

書類から顔をあげて土方が入り口を見れば、そこに立っているのはまだ変装をとかない山崎で、土方は手からペンを取り落とす。

「…おま…それ変装じゃねぇのか…」
「趣味じゃないですよ」
「…それで…何の用だ…」
「あ、煙草を。そろそろ切れるかと思って」
「あぁ…」
「いつもので良かったですか?さっき違うのでしたよね」
「いつものでいい。店になかったから試しにな」
「じゃあ俺と入れ違いだったのかもしれませんね」
「…」
「思わずいつものって言ったら煙草屋さんに見破られましたよ。あとすれ違ったときに医者にも。俺そんなに分かりやすいですかね」
「…」

黙り込んだ土方に山崎は首を傾げた。簪が鳴って土方はそこに視線を移す。
…もしやほんとに気付かれてなかったんだろうか。
真選組の監察方に属する山崎は変装での任務が多い。しかし変装した状態で屯所に出入りすることは滅多にない。

「…今度から副長に変装見てもらおうかなぁ」
「なっ、お、おま、バカにしてるだろ!」
「じ、じゃなくて!沖田さんにはどんな格好でも何故かばれちゃうし局長には女装したときは見破られちゃうんですよ!」
「…近藤さんよォ…」

スナック通いは思わぬところで能力を発揮したようだ。あまり他では役には立つまいが。

「俺だってプロですからね、副長に見破られないなら自信つきますよ」
「…つーかお前のと こ経費高いのお前のせいかよ。趣味じゃねぇか」
「ち、違いますよっ、着物とか一式借り物だし!」
「借り物だァ?アシつかねーんだろうな」
「母親のですから」
「あぁ…。…さっさと着替えてこい」
「はいよ。…あの…」
「あぁ?」
「…えへへ、さっき助けられたのちょっと嬉しかったですよ」
「…お前だって分かってたら助けてねーよ」
「へへ、失礼します」
「…」

山崎がわざとらしく三つ指で礼をして作法通りに出ていった。
顔をしかめて山崎の買ってきた煙草に手を伸ばす。

「…なめやがって」

 

*

 

「山崎ーィ、さっき土方さんの部屋から女がでてきたぜィ」
「ええっ!?ほ、ほんとですかっ!?」
「…ほんとほんと」

お前じゃ。
表情には出ないが流石に沖田も呆れて山崎を見た。

「…山崎ィ」
「はい?」
「…代官ごっこ」
「しませんよ!」

 

 

 


趣味。別に沖山jないですよ。

040816