わ た し の き も ち

 

「山崎ィー、暇」

顔を見るなりの一言に山崎は慌てて手元の書類を繰る。無言の圧迫で押しつぶされそうだ。

「…えーっと…あ、あとちょっと待って下さい!」
「分かった」

沖田は山崎の隣まで行き、刀を傍において座り込む。

「…仕事あったんですか?」
「いや。召集されたけど延期」
「それで不機嫌なんですね」
「山崎よくそんな仕事するな、俺じっと座ってられねぇ」
「…そういえば沖田さんいつも報告書とか出しませんね」
「出そうにも字が書けないんでさぁ」
「…文盲なんですか?」
「平仮名と片仮名読めりゃ十分よ」
「そうですか?」
「あたりとはずれが分かりゃ」
「…。…教えましょうか」
「文字?どうせ使わないからいらない」
「でも本とか読めるようになれば視野も広がるし、ほら、局長や副長に手紙書いたりしたら喜ぶんじゃないですか?」
「…土方さんに手紙か…」
「仮名は読めるんでしょう?なら書けますって」
「…」

 

*

 

「失礼しましたー」

会議室には誰もいないのだが習慣で山崎は口にし、廊下へ出て足で扉を閉めた。

「何してんだ」
「わーッごめんなさいっ決して盗んでいるわけではなくてちゃんと要るものか要らないものか確認した上持ち出し禁止じゃ ないかどうか見てますッ」
「…やましいことじゃねぇならビビってんじゃねぇよ」
「あ、土方さん…」
「そんなに紙どうするんだ?」

山崎が抱えた紙の束を差して土方が聞くが、山崎は曖昧に笑う。

「えーっと…あー、そうそう、近所の子どもに手習いを」
「手習い?お前が?」
「はい…あの…駄目です、か…」
「ふうん、それはいいが…お前が手習いねぇ…」
「わ、悪かったですねどうせヘタクソですよ!」
「分かってんならいいんだ」
「……」
「あ、総悟しらねぇか?あいつ今日非番だろ」
「し…知らない、ですっ、失礼しますッッ!」

山崎が素早くそこを立ち去った。腕からこぼれた紙が視界に舞う。

「…なんだァ?」

*

「…心臓に悪…」
「山崎 紙」
「…はい」

お帰りもなしに差し出された手に山崎は紙を渡す。
文机について沖田は手本を見ながらひたすら文字を書いていた。

「あ、大分上達したんじゃないですか?はねとかはらいとか細かいのは気にしなくてもいいと思いますよ、差し当たって書けるようになるのが目標だし」
「それはいいとしても山崎の字が手本ってのもなぁ」
「…副長と同じこと言わないで下さいよ。あ、そう言えば副長が探してましたけど」
「どうせ ろくでもない用でさァ」
「うーん…なんで副長達には秘密なんですか?」
「こっそり練習して驚かせるんでさァ」
「…えへへ、頑張って下さいね」

いつも土方の命を狙っている沖田だがやはり子犬がじゃれているようなものなのだろう、いつもは言えないが改めて文にすれば素直な気持ちが出せるのかもしれない。
自分の何気ない提案でふたりの関係がもしかすると変わるかもしれないと思うとなんとなく山崎は嬉しくなった。
沖田も才がないわけではない。飲み込みはいいので着実に仮名を覚えていく。

 

*

 

ひじかたさんへ、
そう書かれた封筒を携えた山崎は緊張で手に汗を握り、文字が滲んでしまわないようポケットにしまう。
ついに沖田が土方に手紙を書いた。
お世辞にもうまいとは言いがたいが読めないことはない。内容は教えてくれなかったが、恥ずかしいから渡してきてくれと頼まれたのだ。

(沖田さんも案外可愛いとこあるんだなー)

山崎はそわそわしながら土方の部屋へ向かう。

「副長!山崎です」
「入れ」
「失礼します」

部屋では土方は刀の手入れをしていたようだ。磨きあげられた刃が反射する。

「何だ」
「あの…これ」
「あ?…何だこれは」
「あの、実は俺沖田さんに仮名を教えてて …」
「…お前が?」
「へへ、土方さんに手紙を書くって練習したんですよ」
「総悟が…」

土方も沖田がまだ子どもの頃教えようとしたが剣ばかりで一向に筆は握ってくれなかった。
そう思うと随分成長してくれたのかもしれない。

「…」

そっと封筒から便箋を取り出す。山崎は緊張しながらも既に喜びを隠せずに土方を見ていた。
かさりと折られた紙を開く。・・・土方が硬直した。

「……山崎、お前が教えたって言ったな」
「は、はい。なんて書いてありました?内容知らな」
「今すぐここで切腹しろ」
「えっ!?な、なんで、ぎゃあッッ」

土方が刀を手に立ち上がったので山崎は礼儀も忘れ部屋を飛び出した。土方はためらうことなくその後を追う。

「山崎テメー余計なことしやがって!」
「な、なんでですかぁッうわっあぶなっ!死ぬッマジ死ぬ!」
「殺すっつってんだよ!」
「なんで〜〜!」

 

*

 

「近藤さ〜んお手紙でさァ」

こんどうさんへとやはりへたくそな字で書かれた封筒を持って沖田は局長室に乗り込んだ。
仕事中の近藤に構わず封筒をつきつける。封筒に墨で指紋がついたのはご愛敬だ。

「おう、誰からだ」
「俺から」
「そ…総悟!」
「山崎に教えて貰ったんでさァ」
「あの悪餓鬼が手紙を…」
「泣かないでくだせェ」
「あ ぁ…しかしお前が…ありがとよ総悟。トシには?書いたのか?」
「今頃大喜びで走り回ってやすぜ」
「ほう、なんて書いた」
「しね」
「…そうか」
「今度は本を読むんでさァ」
「そうか、頑張れよ」
「あ、山崎がいないと」

その手にしている怪しげな本を読むというのだろうか。近藤には呪殺、と読めてしまう。
そのとき遠くで叫び声が聞こえた。

「手遅れですかねェ」
「いや…助けてこい…」

 

 

 


史実には明るくないので個人設定貫きますと言う話。
沖田さんと山崎は仲良しです。しかし沖田さんの口調がわかりません。うーん…

040816