向 日 葵 の 歌
「局長、あの、向日葵もらっていいですか?」
「向日葵?」山崎に言われて庭に向日葵が咲いていることに気がついた。
誰かが種をまいたわけではなく、どこからか運ばれてきたのだろう。木の陰になってあまり成長はしていない。
外に目をやったついでに蝉の声にも気がついた。やかましい、と思う。
もっと景気よく、鳴いてやれ。「いいけどどうするんだ?」
「えへへ、あの、墓参りに」
「あぁ・・・」盆か。
そういえば隊士が何人か非番だ。明日には彼らは戻り別の者が休みを取るのだろう。「向日葵なんて持っていくのか?」
「お母さんが、仏花嫌いなんですよ」
「山崎のお袋さんねぇ、なるほど」
「どういう意味ですかそれ・・・」
「はは、持ってけ。あの人だって菊なんかより明るい花の方が喜ぶだろうさ」
「そうだといいですけど」
「・・・墓参り、お袋さんと行くのか」
「えぇ」
「俺もついてっちゃダメだろうかね」
「大丈夫だと思いますよ、お母さん荷物持つの嫌いだから」
「荷物持ちか」こちとら天下の真選組局長だが。
まさか局長に荷物なんて持たせませんよ、と山崎は笑うが彼女ならやりかねないだろう。葬式で着飾ったと聞く。「・・・長いなぁ、あの人がなくなって」
「・・・そうですね」蝉の声が空に吸い込まれていった。
*
「暑い」
かんかん照りの太陽に夜の蝶は真っ先に音をあげた。
結局水の入った桶を持たされている近藤に山崎がひたすら謝ってくる。かまわない、と笑ってやるが、山崎は日傘の下の母親を小突いた。「相変わらずですねーお静さん」
「近藤さんも。最近ご無沙汰やないの」
「これでも忙しいんですよ」
「そう?うちの旦那の墓参りなんていらへんからまたお店にいらしてね」
「お母さん!」
「はは、近い内に是非」山崎の母親は近藤の通うスナックの主人だ。近藤のかつての上司の奥方でもある。
妻と息子を残し先立った夫にばかやろうと言った彼女。それでも山崎が言うには、ほんとうに深く愛していたのだと言う。そうでなければ彼女は言葉も習慣も違う江戸へ出てこないだろうと。
照りつける太陽は確実に正装した彼女の体力を奪っている。「綺麗ね、向日葵。ちょっとへなちょこだけどあいつみたいで丁度ええわ」
「も〜・・・お寺の人に怒られたらどうしよう」
「知らんわ、あんな人に菊1本買うてやる金かて惜しいわ」
「お母さ〜ん」
「幽霊がうちの借金チャラにしてくれるんやったら菊だろうが茨木だろうが供えたる」
「全く・・・お父さんかえってきてくれないよ!」
「黙ってたって帰ってくるわ、あたしのことが好きなんやったら」
「はいはい」向日葵のような人だ。
本人に言えばばかやろうと怒鳴られるかもしれない。それでもしたたかに、背伸びをして太陽だけを見つめている姿は彼女に似ている。
昔に店で未亡人なのですね、お気の毒にと同情されているところに遭遇したことがあった。
彼女はやはりばかやろうと言った。笑って。「未亡人ってぇのはまだ亡くしてないってことやのに何が気の毒なん?」
きっとあの人は盆も正月も彼女のことを見つめている。太陽のように。
「もう一生あの人を失わんということや」
幸せやないの。
表情は泣きそうだったけれど演技なのかどうか近藤には分からなかった。
*
「あ・・・妙さん!」
咄嗟に叫んだ途端にひしゃくが飛んできて額にぶつかった。
我ながら気持ちのいい音がすると近藤は思う。頭が空っぽなのかもしれない。「あらお妙ちゃん、どうも」
「あ、こんにちは。お墓参りですか」
「そう、面倒だけどこの子が」
「もー、お母さん墓参りぐらいで何をそんなに」
「そっちは弟さん?」
「あ、はい。愚弟の新八です」
「そう、こっちは愚息の退」
「さがるさん?」
「退くって書くんですよ」山崎は笑って宙に書いて見せた。
あぁ、妙さん今日も綺麗だ。夏の眩しさに負けない。今度は桶が飛んできそうになった。新八が慌てて止めている。
蝉が不意に鳴き始めた。蝉は鳴き続けて、気持ちが伝わっているんだろうか。「妙ちゃんは近藤さんには厳しいね」
「・・・死ぬ人は、好きになりません」静かな言葉に、蝉の声が場の静けさを助長した。
汗をかいていることに気付く。山崎の手の中の向日葵が眩しい。「妙ちゃんは若いなァ」
夜の蝶は太陽の日差しの中で笑った。
「死ぬから人は美しいねんで」
「侍みたいに、命をかけてる人は好きになりません」
「妙さん」山崎が困った表情で声をかけた。
「俺たちは命もかけてます」
暑いなぁ、山崎よ。
今が夏なのだと近藤は改めて実感した。暑さで汗が出てくる。緊張でもなく冷や汗でもない。「だけど気持ちもかけてるんです」
それでも妙は侍が好きにならないだろう。
彼女は好きになれない、ではなく好きにならないと言った。うだるような暑さの中、山崎から向日葵を奪った夜の蝶は日傘を差して歩き出した。
…墓参り行ったら書きたくなった。局長大好き。
040816